25年前、オランダで、見て感じたこと。
「このスタイル、日本の選手育成に必ずフィットする。」
ただの直感。根拠なく、説明すらできない自信。25年間、誰にもこの思いを伝えたことはない。
時間をかけ学んだ指導論への違和感。真似てつくり上げた持論への葛藤。結果を得ても納得のない浅はかな記録。
あの時の直感と、これまでの実績に、板挟みにされる矜持。
25年のジレンマ。
なぜ、日本の選手育成にフィットすると考えたのか。
それは、日本人の弱点を解消できると、あのとき感じたからなのだろう。しかし、その弱点すら見つけられず、言葉にもできない まま、無責任に放置しつづけた25年。
その弱点とは、日本人選手の「器用さ」に隠れた、判断の「あいまいさ」。
この、”あいまいさ’という言葉さえ、25年のあいだ見つけられなかった事実。なんとも説明しようのない、指導者としての不甲斐なさである。
3日前に観た15歳の試合。ようやく、点と点をつなぎ合わせる「こたえ」の輪郭が見えはじめた。